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おぎゃー献金について

理事長ご挨拶

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おぎゃー献金50周年を迎えて

 「おぎゃー献金」の運動の節目節目で、この「愛の献金」がどのような経緯で、発足したのかを思い出していただきたいと思います。

 それは、1963年(昭和38年)、鹿児島県北部の山あいの地、伊佐市(旧大口市)での悲しい実話から始まりました。当時、産婦人科医を開業していた遠矢善栄博士が、近くに住む重症心身障害児の三姉妹と出会い、その家庭の悲劇に対して、何とか救済してあげたいものと手を尽くされたのです。しかし、当時は重症心身障害児収容の道は閉ざされていることを知った遠矢先生は、自分の手で、少しでもそのような子供たちに救いの手をさしのべなければ、彼女たちの救済の道はないと考えました。そこで、先生は、健康な児を産んだ幸せなお母様がたと、出産に立ち会った医師や助産師、看護師たちに「愛の献金」を呼びかけたのが、この運動の発端となりました。

 その翌年、鹿児島県産婦人科医会の支部長をしておられた遠矢先生の提案を受けた日本産婦人科医会は、この運動を全国運動として展開することを全会一致で採択したのです。 それ以来、50年にわたり、おぎゃー献金は、お母様方やご家族などのやさしさと思いやり、そして健康な児の出産をお手伝いしている産婦人科医や助産師・看護師に支えられ、心身障害児のための援助をつづけています。

 今日の、平成25年の現代社会になり、どんなに医学が進んでも、健康な夫婦の間に、思いがけなく、重症心身障害児を出産することはあるのです。国の重症心身障害児に対する施策は進み、決して十分とは言えませんが、全国に収容施設も整備されつつあるとはいえ、家族にとっての悲しみは消えません。

 今日まで、営々と続けられている、「おぎゃー献金」は、新しい命に恵まれた家族の幸せの「おすそ分け」の気持ちでもあります。そして、集められた浄財は、全国の障害児施設への援助だけでなく、今日では、脳性麻痺児の原因や、発生機序に関する研究など、重症心身障害の予防法開発に資する研究費の助成にも広がっています。

 遠矢先生の時代より近代化された現代では、集められた浄財の配分の仕方は変わりましたが、おぎゃー献金は、当時と変わることのない人の心に内在するやさしさと思いやりから発する愛の形に他なりません。それ故に、おぎゃー献金の50周年を迎え、おぎゃー献金を自分の喜びとしてこれからも永遠に続けられることを願っています。

公益財団法人
日母おぎゃー献金基金
理事長 木下 勝之

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